研究内容

自己免疫疾患、感染症、がんに関係する遺伝要因の同定や発症機序の解明

ヒト白血球抗原 (human leukocyte antigen; HLA) 遺伝子は遺伝子全領域に渡り高度な多型性を有しており、これまでに21,000を超える膨大なHLAアレルがIPD-IMGT/HLAデータベースから公開されています。またHLA多型と疾患との関連解析は、多型に富むエキソン (クラスⅠではエキソン2と3、クラスⅡではエキソン2) を中心に進められてきましたが、プロモーター領域等の非翻訳領域を含むHLA全長の遺伝子解析において、HLA多型が疾患発症と直接結びつく報告例は極めて少ないのが現状です。したがって、HLA遺伝子全長レベルの疾患関連解析は重要な課題であるにもかかわらず、「なぜHLAと疾患が関連するのか?」という基本的な疑問は現在も未解決状態です。

本研究では、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(平成28年度~平成32年度)「ネオ・セルフ」班 (http://www.tokyo-med.ac.jp/neoself/) を通じて金沢大学の細道一善准教授らと共同で種々の革新的NGS技術を開発しており、HLA関連疾患を対象にしたHLA遺伝子の多型解析、遺伝子発現解析およびエピゲノム解析等により、疾患発症に関連する先天的および後天的な遺伝要因を特定することを進めています。

炎症性筋疾患におけるHLA関連解析

我々は炎症性筋疾患の遺伝要因の同定や発症機序の解明に取り組んでいます。これは国立精神・神経医療研究センターや慶應義塾大学との共同研究になります。本学の基盤診療学系医療倫理学の大貫優子准教授と共に炎症性筋疾患の1病型である壊死性ミオパチーが特定のHLA-DRB1アレルと関連することを新たに発見しました (Neurology 87: 1954-1955, 2016)。その後、その他の病型である抗アミノアシルtRNA合成酵素 (ARS) 抗体陽性の筋炎 (抗シンセターゼ症候群; ASS) は、HLA-DRB1座と関連しないこと (JAMA Neurology 74: 992-999, 2017)、抗PD-1抗体阻害薬関連筋炎は特定のHLA-Cアレルと関連すること (J Autoimmunity 2019,Epub ahead of print) をそれぞれ報告しています。

現在、その他の筋炎(多発筋炎、皮膚筋炎、封入体筋炎など)における関連解析を進めており、筋炎とHLA多型との関連性の全体像を明らかにすることを目指しています。

炎症性筋疾患の分類とHLA多型の関連性

HLA遺伝子における革新的なジェノタイピング法の開発と臨床応用

HLA遺伝子のジェノタイピング (HLA DNAタイピング) は、移植の際の患者とドナーのHLA型のマッチングやHLA関連疾患の診断補助や投与薬剤の選択に不可欠な臨床検査技術となっています。2009年に次世代シークエンシング (Next Generation Sequencing; NGS) 技術を活用した初のHLA DNAタイピング法(NGS-SBT法)が報告されて以来、種々のNGS-SBT法が国内外で開発されています。NGS-SBT法は、DNA断片1分子ごとの塩基配列を決定するNGSの原理(clonal amplification)から、隣接する多型部位のcis-trans情報が得られ、その結果、PCR-SSOP法やPCR-SBT法などの現行法におけるphase ambiguity問題を解消し、より高い精度でHLAアレルを判定することを可能とします。我々は2012年にHLA 11座の遺伝子全長の塩基配列からHLAアレルを判定するNGS-SBT法(Super high resolution Single molecule - Sequence Based Typing: SS-SBT)を報告しました (Tissue Antigens 80: 305-316, 2012; Tissue Antigens 83: 10-16, 2014; 関連特許出願4件)。この方法の開発により、HLA遺伝子全長レベルのアレル判定結を短時間で、且つ正確に得ることが可能となり、それまで着目されてこなかった、あるいは困難であった遺伝子領域の新規多型を効率よく検出できるようになりました。

さらに我々は、複数のHLA座をわずか1本のチューブでPCRからライブラリー調製を行うマルチプレックスPCR法を開発し、煩雑性や解析コストを低減させ、人為的エラーを最小限に抑えることに世界に先駆けて成功しました (BMC Genomics 16: 318, 2015)。この画期的なNGS-SBT法の医学研究への活用は、現行法の限界にブレークスルーをもたらし、特定エキソンのHLA多型に基づいて進められてきた従来の移植研究や疾患研究に新たな知見を与えることが期待されています。例えば、移植分野では非血縁者間造血幹細胞移植にNGS-SBT法の導入が検討されており、これが実現すれば移植希望者にとって最適なドナー候補を正確に且つ迅速に選択することを可能とし、その結果、コーディネート期間の短縮と効率向上が期待されるなど、本法の導入による波及効果は大きいと考えます。

NGS-SBTを円滑に行うためには、HLA遺伝子全長を網羅する高精度な参照配列(リファレンス)が必要になりますが、未だ不足しているのが現状です。そこで我々は、日本人に高頻度に観察されるHLAアレルを対象として、それらの塩基配列を大規模に収集すると共に新規多型の同定を進めています。また、新たな遺伝子解析技術に基づくHLA DNAタイピング法の開発も進めています。

NGS-SBT法におけるマルチプレックス法の優位性

造血幹細胞移植における最適なドナー選択法の開発

AMED免疫アレルギー疾患等実用化研究事業におけるこれまでの移植成績との関連解析から、急性GVHDに及ぼす影響がHLA座の不一致部位により異なること(Biol Blood Marrow Transplant. 13: 315-328, 2007)、HLAアレル不一致の組み合わせによっても、急性GVHD(Blood 110: 2235-2241, 2007)への影響が異なることなどが明らかにされてきました。近年では、HLA-A, -B, -C, -DPB1のHLAアレル不一致は重症急性GVHDのリスクを高めること(Blood 125: 1189-1197, .2015; Blood 131: 808-817, 2018)も明らかにされています。ところが、それら解析に用いたドナー・患者ペア検体のHLA DNAタイピングは一部のエキソンにより行われたことから、遺伝子全長レベルにおけるHLA多型と急性GVHDを含む移植成績との関連性を明確にする必要があります。一方、HLA分子は優劣のない共優性発現を示すことが知られていますが、HLAアレルごとの遺伝子発現量を効率よく、且つ包括的に解析する方法はありません。よって、ドナー・患者間のHLA遺伝子発現量の相違と移植成績との関連性を調査することは、造血細胞移植における適切なドナー選択のために重要な知見を与えると考えられます。

そこで、我々は骨髄移植ドナー・患者ペア検体を対象としたHLA遺伝子全長の多型解析とHLA遺伝子の遺伝子発現解析を実施しており、遺伝子多型と遺伝子発現の両面から移植成績との関連性を探っています。

本研究計画の概略

ヒトの非臨床実験のためのカニクイザルのゲノム解析

哺乳綱霊長目オナガザル科マカク属に属するカニクイザルやアカゲザルは形態(目、指紋、掌紋、内蔵及び歯式等)、生理(内分泌及び代謝等)、知能ならびに疾患等においてヒトとの間に類似性または近似性が認められ、ヒトに最も近縁な実験動物の一種として、国内外問わず種々の医科学研究に頻繁に利用されています。

我々は、2005年よりカニクイザルのMHC多型情報基盤の整備やMHC統御カニクイザルの開発に取り組んできました。とりわけ、JSTのA-STEPシーズ顕在化タイプ(平成22年度)では、滋賀医科大学の小笠原一誠教授らとMHC型のホモ接合体を起源に発生工学技術を駆使してMHC統御カニクイザルの計画的室内繁殖技術を開発しました。また、AMEDのA-STEPシーズ育成タイプ(平成25~29年度)では、滋賀医科大学、慶應義塾大学および株式会社イナリサーチと共にMHC統御カニクイザルの有用性評価と計画生産の検討を実施しました (事後評価:https://www.amed.go.jp/content/000033592.pdf)。このプログラムで我々は、新たな次世代シークエンサーを用いた効率的かつ経済的なカニクイザルのMHCタイピング法を開発しました。その後、5,500頭に及ぶDNAタイピングを実施し、多数のMHC統御カニクイザルを検出しました。それらサルは、パーキンソン病、加齢黄斑変性、角膜疾患、心筋症、心筋梗塞などのiPS細胞移植や子宮、皮膚、小腸等の臓器移植に「移植モデル」として使用されています。いずれの移植実験ともドナーとレシピエント間のMHC多型の一致・不一致が移植成績に大きく影響を及ぼすことが実証されています。

MHC統御カニクイザルを用いたiPS細胞移植実験の例

現在、Paul Sabatier大学のAntoine Blancher教授らと共に、カニクイザルの全ゲノムシークエンシングやターゲットリシークエンシングを行い、サル免疫不全ウイルス感染に伴うウイルス量の個体差を規定する遺伝要因を同定することを試みています (Scientific Reports 8: 7131, 2018)。また、文部科学省科学研究費補助金基盤研究を通じて滋賀医科大学の伊藤靖准教授や石垣宏仁助教と共に、関節リウマチ(RA)モデルであるコラーゲン誘導関節炎(CIA)を「疾患モデル」の例としてCIA発症の分子機序を解明することを試みています。アカゲザルにおけるコラーゲン誘導関節炎(CIA)モデルは1980年代から作出されており、CIAとMHC領域との関連性は報告されています。ところが、当時のMHC解析技術の解像度からCIAと関連するMHCアレルは同定されておらず、そのため感受性を示すMHCアレルがCIAを発症する分子機序は解明されていません。この研究では、遺伝学、免疫学および病理学の観点から、CIAと関連するMHC多型やCIAの発症や重症度を規定する遺伝要因の同定をゲノムワイドに展開することを計画しています。

MHC領域の比較ゲノム解析

脊椎動物門に属する進化学的興味の高い13生物種(ヒト、チンパンジー、アカゲザル、カニクイザル、マーモセット、キツネザル、ブタ、オキゴンドウ、ラット、ニワトリ、ウズラ、ニジマス、コモリザメ)と無脊椎動物門頭索類に属するナメクジウオにおけるMHC領域のゲノム塩基配列を決定し、それらの塩基配列を比較する「比較ゲノム解析」を国内外の多施設間で実施しました。種間の比較解析から、MHC領域の基本的なゲノム構造はよく保存されているが、それぞれの生活環境に適応したMHCやMHC関連遺伝子はbirth and death evolutionにより形成されてきたこと、MHC遺伝子の誕生は脊椎動物誕生時期と一致すること、ヒトとその他生物種とのゲノム相違など数多くの知見を報告しました。

ほ乳類におけるMHCクラスII領域の比較ゲノム地図

現在、日本大学獣医学部の森友忠昭教授や岡山理科大学獣医学部の宮前二朗助教らと共に国内で最も多い伴侶動物であるイヌやネコについて将来的な移植医療や疾病解析のためのMHCタイピング法の開発やMHC型の特徴づけに取り組んでいます(Immunogenetics 70: 237-255, 2018)。また、本学生物学部の北夕紀准教授とは、水族館で人気の高いイルカのMHC領域のゲノム構造やMHC多型性を明らかにし、陸生哺乳類との違いを見出すことを目指しています。